あ、タイプミスだ

あ、BeautifulがBeautidulになってる。
まあ、いいか。
ま、それはいいとして、まずどうでもいいことなんですが、webを作る時に使っていたソフトがあるんです。知識もなくwebが作れたので便利だったんですが、それがねOSをLionにして、立ち上げたらエラーが出るんですわ。
そのソフトの会社のサイトを見てびっくりしました。
Lionには対応する予定はございません、Snow Lepardで使用してください。
って書いてあって、あまりの傍若無人ぶりに、お前はあの会社か!!あの盗人猛々しいあの会社の系列なのか!!って思ったくらい腹が立ちました。
死ぬまでこの会社のソフト買うものか!!
昔ねー、マックのアプリを使うとなんか調子悪くて、マックのサイトのサポートを読んでいたら、解決方法、このアプリを使用しないでくださいというのがありました。
最終解決法ではありますが、解決ではない気がします。
これも本題ではありません。
マックの前で作業をしている時に、戦争映画をバックに流してることが多いんですね、ボク。
今日見ていたのは、Band of BrothersというHBOテレビの第二次世界大戦時のアメリカ軍とドイツ軍の戦争ドラマシリーズものでした。
このドラマはアメリカの同じ部隊がフランスからドイツまで攻めゆく道程を描いているんですが、その第6話目が衛生兵を主人公にしてるんです。
6話の部隊は、ベルギーのバルジの森で、ここでアメリカ兵はものすごい戦死者を出した闘いだったのでした。ドイツ軍もこれを破られるとドイツ本土なので、必死に攻防していたので、闘いは凄惨を極めました。
冬の森中で闘いで、兵士が負傷したら、「Medic」と呼ばれて、衛生兵が傷ついた兵士を応急処置して、後方の野戦病院に連れてゆくを繰り返します。
このドラマで、ボクが興味深いと思ったのは、衛生兵が非常に果敢だという点です。
なんていうんだろう、兵士が撃たれ、まだ敵がバンバン銃で撃っている状態で、さっと負傷した兵士のとこにいって治療したりする。
他の兵士はじっとしているのに。
衛生兵はバッといくんですね。
他の映画でも衛生兵は、まるで自分には、銃弾が当たらないと決まっているかのように、負傷兵を救護しにゆく。
この行動に色々感じることがありまして。
調べました。
こういう行動を「愛他行動」というらしいです。
非常事態に置いて、人は他人を助ける傾向があるそうで、こういう時には、助ける人は、自分の危険は一切顧みない傾向にあるらしいです。
ふむ。
たとえばこの間の津波の時も、多くの人がそこまで津波がきているのに関わらず、子供ご老人を助けにいき、そして津波に巻き込まれました。
自分が助けないと、ある人が死んでしまうという状況で、とても勇気ある行動で、ボクは敬服するしかないのですが、ここで一つ考えるのは、なぜ「愛他行動」を起こす時に、人が自分の危険を顧みないかという点です。
顧みないというのは、きっと危機意識を感じない状態になっているということだと思うんですが、ボクは、映画を見ながらこう思いました。
衛生兵は、心の中で自分は明白な善を行っている、そんな自分に銃弾が当たるはずがないという心理です。
もちろんそんなはずはなく、衛生兵も戦場で大勢犠牲になっています。そしてこの間の津波でも多くの方がお亡くなりました。
しかし、普通の人の100倍は戦争映画を見ているボクが断言しますが、戦争映画の中で衛生兵が銃弾に倒れたことはありません。
傷ついた人を治療するという人類共通の善を行っている衛生兵が死んでは話が道徳的にややこしくなるわけです。
もちろん戦争というのは、双方が、お互いの立場において正しい、善だと思って戦っているわけで、そういう意味でパラドックではあるのですが、衛生兵は人類共通の善なわけです。
だから映画を製作する人も、なぜか衛生兵に銃弾が当たらなくしてしまう。
以前書いた、災害時の人間の行動で、自分にはそんな出来事が襲うわけがない、自分は大丈夫だと考える日常性バイアス(もしくは正常性バイアス)とほぼ意味は一緒なのではないかなとも思ったりします。
日常性バイアスは、いままで大丈夫だったから、今度も大丈夫に違いない、そして、愛他行動は、他人を救おうとしている自分に災いがふりかかるはずはないから大丈夫という心理ですね。
どちらも(〜だから)自分は大丈夫と思っている点で同じなわけです。
すなわち、人間とは、自分は大丈夫と思わないとやっていけない生き物なんだなと思いました。
そんな話でした。
ちなみに、写真は、初めてのクローン羊、ドリーくんの剥製です。
スコットランドの博物館です。








